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四.宴
〜6〜
 

 じっと前を見据えていた。
 この場所に腰を据えてから、ただ前方に視線を走らせていた。
 身動ぐことは、億劫だった。目先をかえることは、億劫だった。
 ただ前を見ていればよいのだ。背筋を伸ばし、鋭い眼光で、感情を表に表さず、全てのものを平伏させる。
 他の動作は邪魔なものでしかなかった。無駄なものでしかなかった。
 今の自分にとって必要なものは、ただ唯一。
 信じること。
「――――」
 燃えしきる篝火の傍で舞われる舞。
 優美でもあり、猛々しくもある。
 踊り子の手にある松明と剣。
 それが、頼もしくもあり、恐ろしくもある。
 踊り子たちの内に秘めたる情念。
 それに心踊らせもし、心苦しくもさせる。
 自分にとっては、それら全ての感情が必要。在りと在らゆるもの全てを受けとめることが必要。そうしてその後、私情を抜き取った目で、遍く事柄を見据えなければならない。
 それが、自分に課せられた、運命。
「――ヴィゼル様。どうぞこちらへ」
 舞が終わりを告げ、場を拍手が覆う中。
 背後からそっと声をかけられ、軽く振り返る。
 隣に据えられてあった神体の剣が、祭司の手によって持ち出されるのに続いて、ヴィゼルは立ち上がる。
 女官の先導に促されて、ゆっくりと場を跡にする。
 これから自分は祈祷を行なう。
 薄暗い部屋の中で、夜明けまで、ずっと。
 宴に列席していた他の者たちは飲み明かすことだろう。友と、仲間と共に、多いに語らい、多いに飲み、決戦前の時を存分に楽しむだろう。
 それを羨ましいなどと思う感情は最早忘れた。最早、他の者が行なっている事と同じ事とはどのようなものであったか、想像もつかない。
 彼らが何を思い、何を考え、何を夢見ているのか、それすらも、判然とは分からない。
 そんな自分を、最早不幸だとも、思わない。
「――――」
 なぜ自分でなければならなかったのか。
 なぜこの自分であったのか。
 それはもう考えないことにしよう。
 この道を選んだのは誰?
 自分を迎えにきた将軍ニトゥカ? それとも月?
 いいえ、どれも違う。
 選んだのは自分。
 この私自身。
 【月の印】を抱いたことも、戦争、独立という道も、それに今、決着を付けようとしていることも。
 全ては私が決めたこと。
 私が選んだ道。
 もう迷いはしない。戸惑いもしない。
 私は、私の運命を抱き、歩んでいくだけ。
 前を見据え、信じる道を行くだけ。
「――――」
 ヴィゼルは、目の前の輿に乗る。
 ゆっくりと体は宙に浮き、徐に揺れだす。
 夜闇の中、移りゆく景色。
 自身で動かずとも。
 変化を止めることは、この自分であっても叶わない。
 願うのは自分。だけど、それは私ではない。
 だから。
 ヴィゼルはそっと、月を見上げる。
 雲間から覗ける、冴々とした姿。
 分け隔てなく与えられる、天よりの光。
 沁みる光に、ヴィゼルは人知れず目を細む。
 
 
 
(――ただ、ただ、もし本当に、こんな私の願いが月に届くというのなら――)
 
 
 
 天にあるは、十三夜の月――。
 
 
 
(ジグルの未来に、栄光あれ、と)
 
 
 
 
 
 それを、祈るだけ。


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