刻 〜真士〜いつか見た青空の下

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 真士はその煙を凝視した。足も眼球も動かせなかった。視界の端で、助っ人が動いているのが分かった。炎がまた立ち上がったが、それは煙の背後をすり抜けた。
 黒い気体の固まりは、真士めがけて落ちてくる。


 《ハラガ減ッタヨォォォォォ》


 狂気に満ちた得体の知れない音が、鼓膜を揺さぶった。
「! 来るなあああああ!」
 半狂乱で真士は叫んだ。体をこわばらせた。
 心の中を締めたのは、恐怖。
 得体に知れないものに犯されるという恐怖、嫌悪感。
 嫌だ、と。
 彼は全身全霊で思ったのだ。
 途端。
 水の、気配。


 《――ギャアアアアアア!!》


 真士の耳には、その絶叫が残った。瞼の裏には、地中から噴出した、水柱の残像。
 日常の静寂を感じ取ると、真士はその場に膝を折った。呆然と空を見やった。
 灰色の混じった、空の色。
「すごい! 君、『浄化者』の上に『精霊使い』か!」
 逼迫した残響の中に、強引に軽い口調が入り込んだ。視界にも陰は割り込んで、否応なく、真士は現実に引き戻された。
 奴の言葉を、復唱する。
「『浄化者』に、『精霊使い』……?」
 奴は、首を縦に振った。
「そう。家族か誰かから聞いたことない? 『精霊使い』の力の方はともかく、『浄化者』の力は遺伝性が強いから、血縁者の中に君と同じように黒い不気味な煙が見えるっていう人、いない?」
 自分の他に? 自分の、血縁者の中に?
 そんな話は、そんな話は……。
「お前の言うこと、よく分からない」
「じゃ、聞いたことないんだね? 今みたいに水が動いたの、初めて?」
「十日ほど前にも。それと、小さい頃に、水を動かして、遊んでた」
「……ちょっと待って。小さい頃には水動かして遊んでいて、それから、十日ほど前まで飛んでいるの? 小さい頃っていつさ? 一年前とかじゃないだろ? その間は、その力を忘れていたっていうの?」
「忘れていた。だって、お母さんが……」
 そこで、真士は言葉を切った。「お母さんが?」と、奴は尋ねた。
 その顔を見返して、真士は、呟いた。
「お母さんが――」
 不思議そうな顔を、奴はしていた。どこか、不安げですらあった。何を懸念しているのか、それはわからなかったが、真士はただ、見慣れない奴の顔に嫌気を感じた。
 眉根をぎゅっと寄せて、視線をそらした。地面を見た。現実を、見たような気がした。
「おい、どうしたんだよ?」
 まだ話の途中であったのにもかかわらず、立ち上がり背を向けた真士に、奴は声をかけてきた。
 うるさい、と反射的に返す。
「関係ないだろ? ほっといてくれ」
「でもね、その力、使い方を知らないと悲劇だよ」
「知らない! 僕は知らない!」
「知ってるじゃないか。『魔』だって、見えるんだろう?」
「知らないっていっている!」
 真士は足を進めた。ストライドを広くして、両腕を揺らして、公園から出て行こうとした。
「待てよ!」
 その声が聞こえたと思った瞬間、真士の目の前を何かが遮って、足元に落ちた。
 日の光を反射している。
「近くに力の使い方を教えてくれる人がいないんだったら、俺を頼るといいよ。先生を紹介できる。例のあれ、今日も見事に逃げられたから、また俺、明日もここにくると思うし。それと――君が探していたの、それだろ?」


 彼の気配が遠ざかってから、真士は身をかがめた。足元で鈍く光る物を手にした。
 そのものは間違いなく、きのう真士が落とした、家の鍵だった。
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